「気になる科学」より

「気になる科学」という、気になるタイトルが付けられた本が毎日新聞社から出版されています。2012年12月25日の発行で、著者は毎日新聞の東京本社科学環境部の記者で、現在はデスクを務める元村有希子さんです。元村さんは毎日新聞の記者として記事を書くとともに、科学コミュニケーションの重要性を早くから表明し、理系白書ブログの管理者でもあります。

この本はとても読みやすく、一読の価値があります。ここで取り上げさせていただいたのは、この本の中に、このブログで言いたいことにとても関連した部分があるからです。152ページに『「・」をめぐる問題』と題する文章が載っています。この文章は下に引用した日本科学技術ジャーナリスト会議会報に掲載されているものと同じ趣旨のものを短くしたものだと思います。ネット上に会報が載っているので、そちらを引用することにします。

「科学技術と「科学・技術」の違い
私が籍を置いている部署の名は「科学環境部」である。
もともと社会部の中の「科学班」から「科学部」に昇格。1996年、環境報道にも力をいれようと、「環境」の2文字を加えて現在の名称になった。
ちょっと困るのは、人さまが正確に覚えてくれないことである。「毎日新聞環境科学部の元村さん……」「あの、科学環境部です」というやりとりが結構ひんぱんにある。
どうやら、科学と環境という二つの単語を機械的につなげたことが原因らしい。ひとは、部署名を聞いたとき、直感的に「環境科学」という自然科学の一分野を思い浮かべるのだろう。確かに「環境科学」は広辞苑に載っているが、「科学環境」という名詞は載っていない。間違う方に責任はなさそうだ。
だからといって「環境科学部」に変えてしまうと、環境科学だけを取材する部門だと間違われる。私たちは医学も天文も先端技術も取材するから、イメージが限定されるのは困る。
長い前置きになったが、同様の理由で「科学技術」という表記を見直そうという動きが科学者たちから出ている。総合科学技術会議で有識者議員が主張したことがきっかけで、同会議内の文書は科学技術を「科学・技術」と言い換え始めている。
真意を聞きたくて、有識者議員の1人、金沢一郎・学術会議会長を訪ねたら、やおら「元村さんはバナナワニって知ってる?」と聞かれた。「どんなワニですか?」と返すと「そうでしょ、誰もバナナが主役だとは思わない。科学と技術も本来は別物なのに、科学技術と書いた途端、技術が主役で科学は修飾語になっちゃう。だから、機械的に羅列するなら『・』が必要なのです」という(ちなみに伊豆の「熱川バナナワニ園」は、バナナ園とワニ園を兼ねている)。
基礎科学の成果から技術が生まれたことは歴史の事実だ。そのおかげで私たちは文化的な生活を送っている。しかし基礎科学はそのためだけに存在しているわけではない。事業仕分けが示すように、成果主義が幅をきかす昨今、好奇心駆動型の科学が隅に追いやられ、予算を削られてはたまらない。「・」問題は、こうした科学者たちの危機感の表れとも読める。
新聞では「科学技術」と表記している。あえて理由をつけるなら、科学技術基本法が「・」を抜いていることによる。「・」を省けば5文字が4文字で済むという判断もある。何より、「科学技術」だろうが「科学・技術」だろうが、読者には同じ意味で伝わると思っている。私自身、外国人に説明する時には「Science &Technology」と訳している。馬鹿正直に「Scientific technology」と訳す日本人はいないだろう。
その意味では「・」論争にあまり意味があるとは思えないのだけれど、科学者からの提言は一考の余地がある。それは科学と技術が今なお、微妙な緊張関係にあることを示している。そしてマスコミを中心とする科学報道の視点が「役に立つ」に傾きがちで、それが国民や政策決定者の意識に影響を与えている可能性もある。
ささやかだがけっこう深い「・」問題。科学者や政策担当者、ジャーナリストが混在するJASTJで一度、議論してはどうだろう。

JASRJ NEWS No54 2013年3月

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最初はこの部分を拙著(「生物学の基礎 -生き物の不思議を探る-」 東京化学同人)の12章に引用したかったのですが、紙幅の関係で最後は割愛してしまいました。

上のような趣旨の文章が「日本科学技術ジャーナリスト会議」となうった会報に載っているのは何となくご愛嬌です。会報(ということは会議の名前も)には「・」が入っていないわけですから。科学技術基本法も同様です。

少なくとも「科学技術」という言葉が出てきたら、ここには本来は「・」が入るべきなのだけれど、字数を減らすために省略しているのだという意識を、すべての人が持つようにすることを願います。


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