塑像の実習(2)

10月24日に始まった東京医科歯科大学での「医療と造形」の塑像実習ですが、一週抜けて11月7日に2回目が行われました。これまでもこの実習については「つぶやき」で書いてきたので、繰り返しになる部分もあると思うのですが、造形する楽しみだとか喜びが伝わるようにつぶやいてみたいと思います。

今回からモデルさんが入っての実習です。前半の3クールでモデルさんのスケッチ、間の20分で粘土練りのデモンストレーションと各自が粘土練りを実行、後半の3クール(都合で2クールになったけれど)が心棒への荒付です。

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途中で藤原先生が鉛筆の使い方(描き方ではなくて、対象の測り方)を説明。
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今回の私のスケッチ(1枚目)はこんな感じになりました。

続いて荒付の説明。

藤原先生と角田先生の連弾(?)です。
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藤原先生の荒付の作業を、組み写真でご覧あれ。

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でもって、わたくしのはというと、ここで時間切れでした。まだまだバランスが崩れています。来週以降が楽しみです。
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塑像の実習が始まりました

10月24日から、医科歯科大学歯学部2年生に向けての「医療と造形」の授業が始まり、その主要な部分である塑像の実習が始まりました!昨年度までのノリを継続させて、今年もまた参加させてもらうことにしました。関係者の皆様ありがとうございます。

24日から6回が2016年度の前半で、AとB組が受講します。最初は受講者全員が教室に集まり全体のガイダンスを受けます。そこにひっそりと潜り込んで静かに聞こうと思ったら、講師である藤原彩人先生に、いきなりこの授業の立ち上げにかかわったものとして挨拶せいということで、前に出て教養部での選択科目「芸術」の設置、その後GPとして「医療と造形」という授業科目の立ち上げに参画して実施に移したこと、定年になって受講者としてこの塑像の実習を受けてきたこと、面白くてやめられない、みんなも面白いと感ずるよ、よろしくお願いします、と語り掛けました。特に視点を変えて物を観察することの重要さを強調しました。もう7年目になりますが、これはいつも感じることです。

そのあとはスライドを使って講師の角田優先生と藤原彩人先生の自己紹介、それぞれ作品を見せながら制作のコンセプトなどが語られました。あとは、なぜ医療と造形を学ぶのか、今後の予定などが続きますが、省略します。でもって、アトリエ(といっても普通の教室に大きめの流しなどを付け加えたものですが)へ移動。いよいよ始まりです。ワクワク。

今日はモデルが入らないので、学生が順番にモデルとなってモデル台に座り、5分間でスケッチします。4Bくらいの炭の多い柔らかい鉛筆とゴム消しの使い方の簡単な説明を受け、スケッチブックに向かいます。5分はあっという間に過ぎてしまいます。7回繰り返したのですが、途中で藤原先生がクロッキーの描き方を熱弁。
20161024-120161024-2うーん、こんなにささっとうまく描けません。
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7回繰り返して全員がモデル経験をしました。5分間は描く方には短いけれど、じっと座ってポーズをとる方には長く感じられるでしょうね。でも次回から来るモデルさん達はこれを20分やるのです。それを体感するためでもあるのでしょうね。終わったあと、学生さんたちは、スケッチを見せ合い、ワイワイと盛り上がっていました。
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その後は心棒作りです。下のように材料が用意されています。
20161024-5で、実際の小割材と棕櫚縄を使って塑像板に心棒を立てる方法を伝授。下の写真、なんで喉元を二人で指さしているのか、忘れました。
20161024-620161024-720161024-820161024-9横木はこういう風にしっかりと、横木に体重をかけても動かないようにね。力を込めて棕櫚縄を巻き付け、みんな心棒が立ちました。
20161024-10さあ、次回からはここに粘土を盛り付けていきます。楽しみですね。

終わった後、講師控室で二人の講師の先生と歓談、これがまた楽しいのです。藤原先生は東大の総合研究博物館とのコラボについて話してくれました。これも興味深そうですね。


受難、悲素、水神、、

このところ帚木蓬生の著作を読んでいます。タイトルにあるように、「受難」を読んで、続いて「悲素」、さらに「水神」と進み、今は「天に星、地に花」を読んでいるところです。いずれの巻も、かなりのボリュームのある本ですが、読みごたえがあります。

「受難」は、韓国で起きた高校生を多数載せた大型フェリーが沈没した事件と、iPS細胞と3Dプリンターにより水死した女子高校生のレプリカを作成するという2つの事柄を軸として、韓国と日本を舞台に物語が展開していきます。
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帚木蓬生さんは福岡出身の精神科医です、初めは東京大学の仏文を出てTBSへ入社。その後、2年で退社して九州大学医学部に再入学、卒業して医師となった経歴の持ち主で、フランスへ留学経験があります。フランス留学、出身地である福岡という土地、医師という職業を反映した作品を、これまで一年に一作というペースで切れ目なく発表していて、それぞれの作品がいろいろな意味で考えさせられ、感動を与える作品となっています。

最初に読んだのが確か「十二年目の映像」だったと思うのですが、これはテレビ局を舞台に東大闘争の安田講堂占拠事件の映像の存在とテレビ局内部のさまざまな問題点を題材にした作品で、東大闘争のころ東大4年生で身近に感じられる出来事が題材だったので細かな内容は記憶していませんが読んだことはよく覚えています。次にの読んだのが多分「三たびの海峡」で、これは朝鮮半島から九州の炭鉱へ連れてこられて石炭堀に従事させられた主人公が(これが一回目)、その後、二回海峡を渡る物語で、戦争と人種差別を描いています。福岡という土地柄からか、著者はこのように朝鮮半島に対して思い入れが多分あるのでしょう、済州島近くの独島付近で起きたフェリー沈没とその後の韓国の対応を許せないという感情を持ったものと思われます。この事件とiPS細胞の利用という問題と絡めて、話が進んでゆきます。

次の「悲素」は、和歌山毒物カレー事件を題材にしたもので、事件の捜査に協力をした井上尚英先生から鑑定資料一式を託され、読んでみるとあまりに知られていない事実が多いので、小説にしたというものです。
%e6%82%b2%e7%b4%a0%e8%a1%a8%e7%b4%99和歌山県警が上記の井上教授に依頼して、保険金詐欺のために生命保険に加入させられ、その後、ヒ素を盛られた中毒患者をすべて診察してもらい、克明な記録を残していることが、保険金額の多さとともに丁寧に書かれています。井上教授は捜査の段階から裁判での証人としての出廷を含めて、長期にわたって福岡と和歌山を往復しています。しかしながら、和歌山毒物カレー事件の裁判では、これらの保険金詐欺とヒ素による中毒患者のことを切り離し、カレー事件だけを有罪にしたことを著者は憤っているのです。著者は精神科医としてギャンブル依存症などに関する著書がありますが、ここでは毒物を使って成功すると病みつきになることも歴史的な例を挙げて述べています。現在でもカレー事件の死刑囚は冤罪を訴えて再審請求をしていて、ネット上でもそれを支援するような論調のページが多数みられますが、考えさせられます。違う視点で書かれたこの本も読んでみてください。

「水神」 江戸ものが好きだと書いたことがありましたが、これは江戸下町での人情話とは全く異なる江戸時代の著者の故郷での実話をもとに書かれたお話で、筑後川の水を、堰を作って水路で水の乏しい地域に導くまでの農民と庄屋たちのお話です。その地域の言葉で会話が書かれているのが特徴ですが、読み進むうちに違和感は全くなくなります。
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「天に星。地に花」 水神の時代から少し下った江戸時代の、やはり同じ地方のお話です。今度は庄屋の次男坊が疱瘡にかかり、蘭学を学んだ医師に助けられ、自らも医者になるために住み込みで修行するという話です。これを書いている時点ではまだ完読していないのですが、著者の考える、医師の倫理ということを強く感じられる内容です。主人公の庄十郎は、先生から医師の心得は「丁寧、反復、婆心」であり、その前に「貴賤貧富にかかわらず」が付くと教えられます。婆心というのは聞きなれませんが、「度の過ぎた親切ではなく、心を込めた親切」だそうです。現在読んでいるところで、主人公の庄十郎は修業時代がほぼ終わり、これから独り立ちをしていくところに移ります。どのように展開するか楽しみです。そうそう、本の中では病気はもちろん当時の名前(腹瀉、風気など)で呼ばれ、施薬される薬も漢方薬で、八解散とか五味子という名前がたくさん出てきます。こちらはなじみがないのであまり深く考えずに読んでいます。
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これらの前には、半藤一利の「昭和史(戦後編)」を読みました。「昭和史1926-1945」はすでに読んでいたので、読み足しました。また「B面昭和史」も読みました。今、自分のことを振り返っているので、昭和史(戦後編)はとても興味深く感じました。
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もう一冊は「最期の秘境東京藝大:天才たちのカオスな世界(二宮敦人)」です。ものすごく面白い本でした。カオスな世界だけでなく、改めて芸術と科学の近さを感じさせてくれるものでした。一読を勧めます。
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まだまだ読んだ本はたくさんあるのですが、長くなるので今日はここまで。何はともあれ、「読書は楽しい!」ということ、読書の秋にふさわしい書き込みですね。

文字ばかりでは華がないので、それぞれの本の表紙を間に挟みました。図版はアマゾンからダウンロードしてお借りしています。


小学校の合同クラス会に触発されて

9月10日に尾山台小学校の4クラス合同のクラス会が、尾山台小学校のある等々力町のイタリアンレストランでありました。この合同クラス会は1996年からオリンピックの開催年に合わせて行われてきたもので、今回で6回目でした。

最初の3回は連絡を受け取っておらず、会のことを知りませんでした。確か4回以降は母が転送してくれたので知るところとなりましたが、日程が合わずに欠席、今回初めて出席しました。今回が合同で行う最後のクラス会でした。

1957年に小学校を卒業しているのですから、卒業から59年たっている計算になります。会の後、尾山台小学校を訪ね、正門の前で写真を撮りました。
oy_0387_12写真はhttp://www.geocities.jp/kobayax2004/index.htmlより

ということで瞬時に昔に戻って、昔話に花が咲きました。そのことはおいおい書くとして、これに触発されて、昔のものを探しました。たまりにたまった古いものを整理する終活の意味もあり、屋根裏部屋を探すと、どこにあるか気になっていた昔のアルバムなどが出てきました。

ということで、今回のつぶやきはそんな写真の一部をスキャンして、「生い立ちの記」に載せたという「つぶやき」です。


Daisuke Tokita Conceptual thinking 写真展へ

8月31日に、新宿御苑大木戸門近くのにあるPhotoGallery  PlaceMで行われている表記の写真展へ行ってきました。

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いつもの悪い癖で、Facebookでお誘いをいただいて、そこにあった小さな地図で場所をいい加減に記憶して出かけたのですが、地下鉄丸ノ内線「新宿御苑前」駅を降りて、新宿通りと新宿御苑に沿った道の間にある細い道を探したのですが、見つかりません。

後でわかったのですが、ギャラリーというと1階にあって中が見えるような構えのものと思って探しいたのですが、3階にあるので前を通り過ぎていたのでした。思い込みはいけないと改めて思いました。本当によくないです。でも、この辺りには小さなイタリアンあるいはフレンチのレストランや和食の食事処がたくさんあるのがわかりました。

途中にあった別のギャラリーに飛び込んで、そこにあった案内のポストカード(上の写真)をもらって、裏に印刷してある地図を頼りにようやっと見つけました。下の写真のように、中華屋さんが1階にある近代ビルという建物の3階で、右のほうに小さな入り口が見えます(ちなみにバックに移った緑の木々は新宿御苑です。

DaisukeTokita023階に上がると左にガラス扉があって中が見え、写真がいっぱい飾られています(写真展だから当たり前か、、)。

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入ってすぐのメインギャラリーと、さらに左側、道路沿いにあるミニギャラリーに作品が展示されています。

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今日は作者が在廊していることを知っていたので、久しぶりにDaisuke Tokitaさんに会って、いろいろと話をしました。

DaisukeTokita06写真展のタイトルにConceptual thinkingとあるように、彼はいつも鑑賞者に写真との対話を求めています。「微分から積分」だったり、「articulation」だったり、最近は「System」といったキーワードで、自然のありようと人間の営みの齟齬を漠然と感じ、鑑賞者にもそれを問うているようです(これは全くの想像です、間違っていたらごめんなさい)。

大学院での研究、金属の破断についてもいろいろと教えてもらいました。金属針の破断を拡大して記録しているとか、写真の技術が生かされているようです。

もちろん作品もじっくりと見ました。どう感じたかって?それは秘密です。二足ならず三足のわらじ、がんばってね。

会期は8月29日(月)から9月4日(日)、12時から19時です。週末に是非どうぞ。行き方に不安を覚えたら、下のPlaceMのページを参考にしてください。

http://www.placem.com/map.html

ちなみにこのギャラリーは年中無休、週替わりで写真展が開催されています。写真家の森山大道さんほか3名によって運営されている写真の実験の場で、ワークショップがあったり、暗室レンタルなどが行われています(初めて知りました)。

http://www.placem.com/aboutm.html


昨年に続いて江戸川区子ども未来館で

7月26日に江戸川区子ども未来館で小学生を対象に出前授業を行ってきました。出前授業というのは正確ではないかもしれません、学校ではなく、子ども未来館が提供する「夏休み応援プロジェクト」の中の一つ「顕微鏡で細胞を調べよう」を担当したのです。

こども未来館が提供するこのプロジェクトには、45もの魅力的なプログラムが7月から8月終わりまで並んでいます。その一つを担当したというわけです。昨年同様、SSISSの他の3人の会員もそれぞれプログラムを担当しています。

午後2時から3時半までの予定で、受講者は事前に申し込んだ小学3年生から6年生の16人でした。やることは基本的には昨年と同じで、生物は細胞からできていることを、顕微鏡を使って観察、確認しようというものです。

昨年の失敗を反省して、顕微鏡の使い方をパワーポイントのスライドと配布した手順書をもとに、順番にかつ丁寧にひとつひとつ説明しながら各自に操作してもらい、だいたいの児童がx40からx400までの倍率で、何とか観察できるようになりました。

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それでも視野から外れてしまうので、助け舟を出します。

今年は、タマネギ、トマト、ナスの表皮を観察し、単細胞生物のゾウリムシを観察し、最後に自分の口腔上皮細胞を観察するところまで行えました。少し時間が伸びたけれど、最後にメダカの発生の映像を見せて、細胞一つだけの生物(単細胞生物)もいるけれど、ふだん目にする植物も動物も多細胞生物で、たくさんの細胞からできているんだよと、強調しました(下の写真ではガッテンをしているように見えますね)。

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久しぶりに出前授業

7月5日に狛江市第五小学校で理科の出前授業をしてきました。5年生の「水の中の小さな生き物」というコマです。

5年生の生物分野では動物の発生から人の出産までを学びます。動物は観察しやすいメダカを使い、教室で飼育して卵から孵化するまでを観察します。孵化した小さな稚魚は何を食べているかということで、水の中にいる小さな生き物を、顕微鏡で観察することになります。児童はここで初めて光学顕微鏡を使います。

本来ならば、池の水や水槽の水をとってきて、顕微鏡で探すのがいいのでしょうが、一コマ45分の中ではとても時間が足りません。そこで観察するものはあらかじめ用意して授業に臨みました。

まずみんなに「今朝は何を食べてきたかな?」と聞きました。ごはん、パンという答えが返ってきいます。それでは「どうしてご飯を食べたのかな?」と聞くと、お腹が空くからという答え、「それではどうしてお腹が空くのかな」とつなぎます。なかには動くために必要だからという児童もいました。生きるためには食べなければいけないんだよね、と当たり前のことを言い、じゃあメダカの子供は何を食べているのかな、探してみようとつなぎます。当たり前すぎて下手なストーリーですが、、。

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小さなものを見るためには拡大する必要がある、その装置がみんなの前にある顕微鏡です、とおもむろに顕微鏡を持ち上げ、説明です。大学に勤めているときに1年生の生物学実験で顕微鏡の使い方を毎年、学生に説明したのを思い出しました。

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見やすいもののほうがいいので最初にミジンコを配りました。20160705-3動きが速いので、なかなかピントを合わせられない児童がいました。今回は動きを止めるために、たとえばティッシュペーパーの繊維をほぐしてそこにミジンコを放つといった方法をとらずに、カバーグラスをかけることにしたのですが、つぶしてしまう児童もいて、ちょっと失敗でした。

次にゾウリムシです(下の写真は神戸大学理学部須崎研究室より)。

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こちらは、ミジンコよりも小さいので倍率を上げる必要があります。これもかなりのスピードで動きます。

途中で、投影装置のついた顕微鏡でグリーンヒドラを見せました(これも神戸大学須崎先生から頒布してもらったものです)。

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もっといろいろ見せたかったのですが、時間が足りませんでした。最後に小さな池の中でも、「食うー食われる」という関係があることを説明すると、「食物連鎖」と答えた児童がいました。えらい、よくわかっている。

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同じことを3回やって、疲れました。後で写真を見ると、相変わらず姿勢が悪くて背中が丸い姿が映っていて、ショックです。また、もう少し口角を上げなければだめですよね。


ヤマボウシが満開に

我が家の庭にあるヤマボウシが満開になりました。まさに枝もたわわに咲き競っていて、とても見事です。
20160528-120160528-2どちらも写真も二階の窓から見下ろしたものです。これは5月28日に撮影したもので、5月16日に同じように撮影したものは、次のようでした。20160516-120160516-2一つ一の花が、上の2枚の写真のほうがずっと大きくなっています。もちろんヤマボウシの花は真ん中の黄緑色の部分で、4弁の白い部分は花びらではなく総苞片で、それがグーンと大きくなっているようです。この苞も6月に入って少しずつ散り始めました。

類縁関係はないでしょうが、ドクダミもこれと同じようなかっこうの花を、今ちょうど咲かせています。
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「変貌する態、もしくは相」:藤原彩人さん作品も

5月22日に、三鷹市の井之頭公園のすぐ近くにあるスペースSで開催されている標記の展覧会を見てきました。

スペースSは昭和初期に建てられた普通の民家の玄関から応接間、日本間と、たぶん一階部分の半分ぐらいを展示スペースにした、雰囲気のある素敵なアートスペースでした。案内をもらっていないと見過ごしてしまいそうなほど、周りの家並みと区別がつきません。門の手前に案内板が立ってはいますが。20160522-0120160522-02

門を入って入口の扉を開けて入ると、玄関と玄関ホールが広々とあり、正面には二階に上がる階段が見えます。靴をスリッパに履き替えて上がると、右手に大きなガラス窓があり飾り棚がついています。そこに藤原彩人さんの小品が並べられていました。
20160522-03左手に応接間に通じる入口があります。中に入る何点かの作品が並んでいました。入ってすぐの左側の壁際には、
20160522-0420160522-05入り口に向かいあう位置には、
20160522-06この2点、これまで見た作品とはちょっと異なり、何か雰囲気を醸し出しています。特にひそひそ話をしている二人の女性。男性の筆者としては何となく「いやーね、誰の噂話してるのかしら」といった風情です。

応接間の右奥から和室へ通じる廊下のようなスペース(左側は隣家との間のそれほど比六区内スペースがある)にも作品がありました。
20160522-0820160522-07小生の塑像の先生である藤原彩人さんの作品について先に触れましたが、標記のタイトルの後には3人の作家の名前があります。そのうちの深井総一郎さんの小品が、奥のピアノの上に並べられていました。
20160522-09どこかで見たような図柄だなと思いました。作者の深井さんとはお会いしたことがないはずなのですが、在廊されている本人にお会いしたらなんか初めてという気がしません。どうやらFacebookで見かけていたんですね。それはともかく深井さんは平面の図から立体に起こす作品を作られているとか。上の白い2匹の子犬がじゃれあっている図柄は丸山応挙の図柄からのようです。

廊下の右手の日本間には2点の作品がとてもうまく配置されていて、そのうちの一点が深井さんの作品で、これはそのとき聞いた記憶ではビュホンの博物誌の中のサルの絵からだそうです。
20160522-12もう一つ、応接間にもありました。こちらは古代中東の確かアッシリアの壁画だったと聞いたような、、記憶があいまいです。
20160522-11もう一人は古賀伸さん。これはまた、全然感じの違う作品です。一番大きなものが応接間の床にありました。「曙光の水田3」というもので、山間の棚田のようです。20160522-16

このほか不思議なテクスチャーのある作品がいくつかありました。湧き上がる雲のようです。
20160522-14表面いっぱいに、細かい粒粒があります。思わず、どうやって作るのか、やはり在廊していた古賀さんに聞いてしまいました。そういえば、日本間にはもっと大きな作品が、サルと並んでいました。
20160522-13いずれも陶の作品ですが、三人三様、全く違った雰囲気の作品です。木とも石とも金属とも違う、陶の彫刻作品。陶器というとすぐにお茶碗を思い出して、釉薬をかけて焼きあがればそれで終わりと思っていましたが、釉薬をかける過程でも、焼きあがった後でも何かしら手を加えて作品を作り出しているということでした。うーん、奥が深いですね。

最終日だったからでしょうか、三人の作家の方がすべていらして、それぞれの方からいろいろな話を聞くことができました。また帰りがけにはこの家の持ち主の方ともお話をして、昔、世田谷に住んでいたころの我が家がやはり昭和初期の建物だったことなどを思い出しながら、アートスペースを後にしました。


小畑多丘さんの展覧会へ

投稿がだいぶ空いてしまいました。ずっと遅れている原稿書きに集中しているからです。でも時には、ほっとする時間も必要です。

というわけでもないのですが、池袋に会議があるので、そこへ行く途中に日本橋に寄り道をして、高島屋のギャラリーで開催されている、小畑多丘さんの展覧会に行ってきました。

入り口右の説明では、東京芸大の深井隆先生プロデュースの「彫刻新時代第2シーズン」第3弾だそうで、そういえば角田優さんの展覧会もこのシリーズだったと思い出しました。

アトリエの末裔の展覧会とかで、いくつかの作品を見ていたのですが、これまで観たのものはいずれも小品でした。でも作者とは面識がないので、入り口近くのテーブルを囲んで4人ほどの方が作品アルバムを囲んでお話をしている中のどの方が、在廊でもている作者の方か、わかりませんでした。

でもって、左側の展示スペースを見ると奥の方に大きな作品が一つ、上に述べたテーブルの先の方に四角い展示台があって、その上に黒々として小さな作品が一つ、あとはがらんとしていました。周りを見渡すと、壁にはたくさんの素描が張られていました。作品を作るためのクロッキーのようです。

作者には内緒で(ゴメンサナイ)、カメラでパチリとしたのが下の写真です。

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入り口の説明にあったBダンスの意味が分からず(年ですねー、あとでブレイクダンスのことで、ストリートダンスの一つだそうです)、この空間と作品の配置、カラス天狗のように飛び出した平板上の突起はなんなのか、と作品の周りを何回も回りました。ちなみに上の写真の右側の作品は大きなものを3Dスキャンして、3Dプリンタで小さく印刷し、それを型にしてブロンズに起こしたものだそうです。

後で作者の小畑さんとお話しする機会がありました。見るからにBボーイのような(と言ってもBボーイとは何か、あまり知らないので、雰囲気のことです)方でした。小畑さんは、作品と空間をいかに重視しているか、内面ではなく作品そのもののありようを重視して、あえて眼を作らずに帽子のひさしのようなものにデフォルメして表現している、と説明してくれました。

いろいろと聞いた後でもう一度作品を見ると、木彫の鑿跡の分かるような大きな作品と、それを縮小して質感を密にして金属にした小さな作品の対比が、とても面白く感じました。

小畑さんにお礼を言って、日本橋を後にして池袋に向かいました。


科学と生物学について考える一生物学者のあれこれ